P.A.F.とは
「P.A.F.(ピー・エー・エフ)」は「PATENT APPLIED FOR(パテント・アプライド・フォー)」の略で、ギブソン社の初期のハムバッカー・ピックアップの通称。世界で初のハムバッカー・ピックアップでもある。
PAFと表記されることも。読み方は「ピー・エー・エフ」、または「パフ」。
「PATENT APPLIED FOR」は、「特急出願中」という意味。当時、ピックアップの底部に特急出願中であることを示す「PATENT APPLIED FOR」と書かれたデカールが貼られていたことから、通称「P.A.F.」と呼ばれている。
→ パテント(patent)の意味、カタカナ英語としての使われ方
シングルコイルが二個並んだ構造から、ダブルコイル・ピックアップやダブルコイル・ハムバッカーとも呼ばれる。
「ハム(hum)」は「ブーンという羽音(ノイズ)」、「バック(buck)」は「強く反対する、頑固に抵抗する」という意味。つまり「ハムバッカー」や「ハムバッキング」は、ピックアップが拾うハムノイズ(ブーンというノイズ)を低減するピックアップという意味を持つ。
P.A.F.は1955年に特許申請され、1957年に製品化された。1961年に特許が認可され、以降はパテント・ナンバー(特許番号)入のデカールが貼られるようになる。ただ、このパテント・ナンバーは、レス・ポール氏が発明したトラピーズ・テールピース/ブリッジのものであった(後述)。
現在、ヴィンテージのP.A.F.は希少であることから、高額で取り引きされることが多い。P.A.F.の特性を再現したP.A.F.クローンがLINDY FRALINやDIMARZIOから発売されるなど、根強い人気を誇っている。
P.A.FをモデルにしたLINDY FRALIN製ハムバッカー
P.A.F.が開発された経緯
1955年、当時ギブソン社の社長を務めていたテッド・マッカーティ氏(※1)は、同社の開発部門でエンジニアをしていたセス・ラヴァー氏とウォルター・フラー氏らにハムキャンセリング機能を持つピックアップの開発を働きかけた。
当時のギブソン社のギターは、「P-90」タイプのピックアップを搭載しているモデルが大半であった。P-90のようなシングルコイルのピックアップは、ハムノイズが発生しやすいという特性がある。従来のシングルコイルとは異なる、2個のコイルを持つピックアップ、かつハムノイズを解消するピックアップとして開発されたのがP.A.F.である。
P.A.F.は、1955年6月22日にセス・ラヴァー氏によって特許申請され、1959年7月28日に特許が付与された。特許が認可される前、1956年頃にはギブソン・ラップ・スチールギターに搭載されていたが、この時はまだエレキギターには搭載されていない。
1957年に製品化されて、ようやくレス・ポールのゴールドトップ・モデルやレス・ポール・カスタムといったソリッドギターをはじめ、フルアコ、セミアコなどすべてのエレキギターに搭載される。
※1:テッド・マッカーティ氏は、1950〜1966年にギブソン社の社長を務めていた。PRSの創設者であるポール・リード・スミス氏は、マッカーティ氏から12年に亘ってギター開発の指導を受けていた。マッカーティ氏に敬意を払い、PRSのMcCartyのモデル名に氏の名前を冠した。
P.A.Fの特徴
P.A.Fの開発者であるセス・ラヴァー氏は、2個のコイルの巻き方向を逆にし、それぞれのコイルの中で逆位相となったノイズ信号をぶつけ合わせてノイズキャンセルをする手法を生み出した。しかし、そのままではノイズはキャンセルされるものの、弦振動から作り出された交流信号までキャンセルされてしまう。
そこで、2個のコイルをそれぞれ逆位相で巻き上げることで互いに磁極を逆にし、そのうえで隣同士に配置することで直列配列にした。すると、ノイズ信号は逆位相となってハムノイズが打ち消されるが、2個のコイル信号は正位相となるので弦振動による電気信号はキャンセルされない。こうして、ノイズキャンセルを低減するハムバッカー・ピックアップが誕生した。
P.A.Fは、当時のエレキギターの大音量化の妨げになっていたノイズ問題を解決する画期的なピックアップであった。P.A.Fの登場により、シングルコイルが近くの電気機器から拾ってしまうハムノイズ(雑音)の問題をクリア。ハムバッカーもハムノイズが発生するが、シングルコイルと比べると大幅に低減される。
セス・ラヴァー氏はP-90のサウンドを気に入っていたようで、P.A.F.の内部の構成要素はP-90と同じだったそうだ。その影響もあり、ヴィンテージのP.A.Fは、その当時に作られたP-90と似たトーンであると言われている(下記、Gibson公式サイトの記事参照)。
参考:伝説の秘宝‘PAF’:ハムバッカーの発明とギブソンギター
リリース当時のP.A.Fの2つのボビン(磁石の棒を挿している板状の部分)は、「黒」と「黒」の組み合わせであったが、片方が「クリーム色」のものや、2つともクリーム色の「ダブル・ホワイツ」と呼ばれるものも存在する。ダブル・ホワイツについては以下の記事で詳しく解説。
パテント・ナンバーの謎
1959年7月28日に特許が付与された後、P.A.Fピックアップの底部には「Patent No 2,737,842」というパテント・ナンバー(特許番号)が書かれたデカールが貼られることに(その後、70年代半ばからピックアップに特許番号を刻印し始め、デカールは廃止された)。
しかし、当時のP.A.Fに貼られていたパテント・ナンバーは、1950年代初期のトラピーズ・テールピース/ブリッジもので、P.A.Fの特許番号ではなかった。P.A.Fの正しい特許番号は「2,896,491」である(下記画像参照)。
なぜ異なる特許番号のデカールを貼っていたか、正確な理由は不明だが、競合他社の模倣を防ぐ意図があったのではと言われている。
Patent No 2,737,842
下記の画像は、レス・ポール氏(本名:Lester William Polsfuss)が1952年7月9日に特許申請し、1956年3月13日に認可されたトラピーズ・テールピース/ブリッジの特許の書類。
書類右上に記載されている「2,737,842」が特許番号。この番号がP.A.Fのデカールに記載されていたが、下記画像からわかるように、ピックアップの特許番号ではない。
※種類の名前はスペルミス(?)で「Polfuss」の「s」がひとつ抜けているようだ
画像:Combined bridge and tail piece for stringed instruments / Google Patents
こちらは「Patent No 2,737,842」 のデカールが貼られたミニハムバッカー。この個体だけでなく、当時のP.A.Fには別の製品の特許番号が記載されていた。
Patent No 2,896,491
そしてこちらがセス・ラヴァー氏(本名:Seth E Lover)が申請したP.A.Fの特許。1955年6月22日に申請、1959年7月28日に認可されている。
書類の右上に記載されている「2,896,491」が特許番号。これが本来のP.A.Fの特許番号なのだが…
画像:画像:Magnetic pickup for stringed musical instrument / Google Patents